嫌いな言葉「弔い合戦」
1941年の映画で『88年目の太陽』と言うのがあった。 これは、今も田浦にある浦賀ドックの話で、戦争で軍艦も商船も仕事で大忙し。 これがなぜ88年目の太陽かというのと、ペリーが来航してむりやり開国させられて88年目だというのだ。 つまり、88年間の恨みを晴らすのだという、反米映画だった。 こういう恨みを晴らす、弔い合戦と言うのは、仇討ちの思想である。...
View Article平岩弓枝氏の傑作映画『青幻記』
平岩弓枝氏が亡くなられた。膨大な数の時代劇作品を残されている。 その中で、意外な映画の脚本を書かれている。 それは、成島東一郎監督の映画『青幻記』である。 実に美しく、特に主演の賀来敦子さんの美しさ、武満徹の音楽と成島監督の映像の美しさは最高である。...
View Article飛鳥田市長の功績
飛鳥田一雄元横浜市長の功績は、なにがあったのか考えてみた。 横浜で、「6大事業」を始めたなどと、いろいろとあるだろう。 だが、最大の功績は、 「横浜市は、なにか面白いことをやっているらしいぞ」と知らせて、全国から優秀な人材を集めたことだと私は思う。
View Article中田宏氏について
中田宏氏は、その1期目は、まあまあだったが、2期目はお粗末だった。 その一つは、私が図書館の担当部長をやっていたとき、当時横浜市の教育長だったH氏から聞いた話である。 ある日、H教育長は中田市長に呼ばれて、市長室に行った。 すると東京からボリビア大使が来ていて、横浜でスペイン語の学校を作りたいとの話だった。...
View Articleもう20年も前なのだ 田中小実昌さん、死去
画家の野見山暁治氏が亡くなられたが、記事のどこにも作家田中小実昌さんのことについて触れられていない。野見山氏の妹は、田中さんと結婚していたのだ。 「今の若い記者は、知らないのだろうなあ」と思う、田中小実昌さんは、もう20年も前に亡くなられているのだから。...
View Article中田市政の本質
先日、上大岡駅に行ったら、障害児教育の学校のバスが来ていて、東洋観光とあった。 これは、中田施政下で、それまでの障害児教室の通学のバスを横浜市交通局だけだったのを変えて、民間との入札にした結果の一つだった。 当時、担当の石川課長は、 「変えて良かった」と言っていた。 確かに料金も安くなり、サービスも良くなったらしい。...
View Article「私は、年女でして・・・」
横浜市会で、議長、副議長が選ばれ、議長が自民党の瀬之間康浩議員に、副議長が公明党の福島直子議員になったそうだ。 そして、女性の副議長は、35年前の社会党の広瀬礼子さん以来だとのことだ。 広瀬礼子さんは、当時でも数少ない女性議員で、中区の広瀬さんと鶴見区の山口富美子さんだけだった。 社会党でも、その二人、自民党はゼロ、公明とでは南区に加藤文子さんという方がおられたが、党内事情で、1期で辞められた。...
View Article「俺の本を置け!」
またしても、中田市長時代のこと。 横浜市の中央図書館の担当部長をやっているとき、ある日突然、市長室長から電話があった。 中田宏市長から 「俺の本を全部の図書館に置け」と言われたので、すぐに買ってほしい。 横浜市での図書館での本の購入は、担当者たちが年間で出版物を検討して計画的にやっているので、すぐにはできないと言うと、...
View Article関東自動車学校は
今朝の新聞に、川崎に新しいアリーナができる計画が出ていた。 Kアリーナと言い、京浜川崎駅近くにある自動車学校の用地に作るものらしい。 京浜、JRのすぐ近くの場所で、娯楽・飲食施設は多数あり、ホテル、さらの羽田空港も近いので、全国からの客が来るのにも至便だろう。...
View Article「横浜開国博Y150」
中田市長で最大の失政は、「横浜開国博Y150」だろうと思う。 横浜開国博であり、先日の本のイベントで記者発表したときも、記者がみな間違えて記憶しており、開港博ではなく、開国博なのだ。 これを最初に聞いた時、「いつから横浜市は国になったの」と思ったものだ。 開国というなら、日本国がやるしかないのだが、横浜市ごときが言うなどとは、実に僭越ではないか。 Y150と言えば、巨大蜘蛛しか記憶にないだろう。...
View Article映画『20歳の恋』の主演は
一昨日、トリフォーの初期作品が上映されるというので、シネマジャックに行く。 アントワーヌ・ドワネルもので、寝てしまった。 これを見ようと思ったのは、国際的オムニバス映画『20歳の恋』の一つで、昔新宿日活国際(現、新宿丸井)で見たが、あまり印象になかったのだ。...
View Article柳沢真一、死去
柳沢真一氏が、亡くなられたそうだ、89歳。 「柳沢なんて誰れ」と思うだろうが、1950年代末に、俳優、ジャズ歌手で人気者だった。 初期のテレビにもよく出ていて、柳家金語楼の劇の『お寅さん』にも出ていた。 また、日活の喜劇にもよく出ていて、今村昇平の『西銀座駅前』では、なんと主演である。 彼で、特筆すべきは、女優の池内淳子と正式に結婚している。...
View Article新貨物線の路線だ
月曜日は、横浜駅西口に用があり、昼食後は相鉄線に乗って戻るが、途中で寝てしまい、気がつくと相模大野で、結局海老名まで行った。 すると、ホームの向こう側に止まっているのは、新宿行きとのこと。 「これが相鉄の新線か」と思い初めて乗ってみることにした。 新横浜から東横に行くのもあるが、とりあえず、西谷から埼京線に行くのにした。...
View Articleまた、証拠を見つけた
昨日の深夜、巨人・阪神戦も、延長で岸田と言う「番外打者」にサヨナラホームランを撃たれて負けたので、することがないのでゴミ出しに行く。 昨日の負けは、岡田は織り込み済みで、巨人がエースの戸郷なので、西純也で、まずだめと思いつつ出したと思える。 さて、ゴミ出しのために袋を下げて、エレーベーターホールに向かうため、入り口の硝子戸の取っ手を引くと、それが取れそうになる。...
View Article中田市長のお力でできたこと
中田元市長の問題点を指摘したので、一応功績も書いておく。 それは、2008年の国連アフリカ開発会議の時である。 前年の夏ごろに、担当課長の漆原君に、アフリカ映画祭、講座、音楽イベント、芝居などを話したが、そのときはそれで終わった。 その後、12月頃、いきなり彼から金沢区の福祉保健担当部長の私に電話がかかってきた。 中田市長から指摘があった。...
View Article『突然、炎のごとく』
テレビでは、なんどか見ているが、映画館で見たのは、50年ぶりくらいだ。 高校2年くらいの時、新宿の日活国際で見たと思う。今の丸井の5階にあった洋画系の名画座で、和田誠がチラシを書いていたことで有名だが、渋谷の東急名画座と並び、東京の痴漢の巣でもあったそうだ。...
View Articleトリフォーの多彩さ
先週、フランソワ・トリュフォーの映画を見て、少し感じるところがあった。 それは、初めて見た『夜霧の恋人たち』である。 ここには、夜霧はどこにも出てこないのだ。恋人は、一応昔からの友達で、結婚してしまう主人公はいるが。まるで、小津安二郎の『秋刀魚の味』みたいなものなのだ。『秋刀魚の味』が公開されたとき、どこにも秋刀魚は出てきませんね、という反応があったそうだ。...
View Article朝聞く音楽は 『キングコングVSゴジラ』だ
朝起きて、テレビを付けて目を覚ますために聞く音楽は、 モーツアルトの人もいるだろうが、私は伊福部昭先生の『キングコング対ゴジラ』である。 2014年の『伊福部昭100年紀』のもので、かつしかシンホニーホールでの演奏と、観客全員の大合唱である。 東宝大行進と続くのだ。
View Article松村千賀雄議長時代
松村千賀雄先生時代について書く。 横浜の自民党は、鶴見区の横山健一先生時代の後は、中区の松村先生の時代になった。 これがどうしてなったのかは、自民党ではない私にはわからない。 ただ、われわれの感じでは、いつの間にか自民党は松村先生の一人勝ちになっていた。 その背景には、自民党出の市会議長が、鈴木喜一、相川藤兵衛と、自己の権力の拡大に興味のない人が二代の議長になったからだろうと思う。...
View Article『四谷怪談』
鶴屋南北の名作『東海道四谷怪談』は、なんども映画化されていて、新東宝の中川信夫監督の作品が有名だが、私は1965年に東京映画で作られたこれが一番好きだ。 理由は、役者が良いからで、中村勘三郎の直助と仲代達矢の伊右衛門だが、三島雅夫の宅悦、その女房は野村昭子、伊右衛門に殺されてお岩と一緒の戸板に打ち付けられしまう不幸な小者が矢野宣と皆適役なのだ。...
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