「オペン・ホーセ」は、正しい
世界陸上俳優の織田裕二が、出ている住宅販売会社のCMで、子供や女性が「オペン・ホーセ」と言うのがある。 もちろん、オープン・ハウスのことだが、これは正しい。 ただし、17世紀のイギリスのことである。 当時は、オペン・ホーセと発音していたから、open と house と表記された。 だが、時間が経つうちに、オープン と ハウス...
View Article『君は僕を好きになる』
必要があって見たが、なんとも愚かしい作品だった。 見る意味があるとすれば、1989年のバブルと言う時代の記念碑のようなもので、ボデイコンや矢鱈に虚勢を張って若者が遊んでいるのが、今見ると大変に滑稽である。 多分、当時見てもひどいと思っただろうが、今見れば映画製作意図の裏が透けてしまう。...
View Article川越には名画座があった
バスツアーで、川越と富岡に行った。富岡は言うまでもなく製糸場で世界遺産である。 川越では、渡された地図にスカラ座と言う名があったので、見に行くと現役の名画座だった。町の裏の奥のようなところにあるので聞くと、 「元はこのあたりが中心だったが、鉄道駅が離れたところにできて町の繁華街が移ったので、裏町的になった」とのこと。...
View Article「横浜シネマ・フィールドワーク」をします
来週の土曜日の午後、南区の大岡地区センターで、自主事業の二回目として「横浜シネマ・フィールドワーク」をします。 お時間のある方は、どうぞおいでください。 日時 9月12日(土) 午後1時から3時 場所 南区大岡地区センター 2階会議室 ( 南区大岡1-14-1 743-2411 地下鉄弘明寺駅から歩いて5分) 料金 300円 講師 指田 文夫(大衆文化評論家)...
View Article「家族はたいへんなんだなあ」 亀井文夫作品上映会
渋谷のアップリンクで、雑誌『NEONEO』の亀井文夫特集の上映会が行われ、2回目の『戦ふ兵隊』はあらためて非常に凄いと思ったが、一番記憶に残ったのは、実は亀井文夫の家のことだった。...
View Article『戦ふ兵隊』が上映禁止になった本当の理由
亀井文夫監督の映画『戦ふ兵隊』は、1939年に完成したが、陸軍の意向で公開できなかった。その理由は、巷間言われているような、作品が「戦う兵隊ではなく、疲れた兵隊に見える」と言われたからではない。 本当の理由は、当時東宝は、砧に秘密スタジオの航空教育資料製作所を作る計画が進んでいて、それに協力してもらうための交換条件だったと亀井自身が、自伝の『戦う映画』P54に書かれていることである。...
View Article『その壁を砕け』
1959年の中平康の監督作品。脚本は新藤兼人で、無実の罪を負った婚約者小高雄二の冤罪を晴らすために努力する芦川いづみの姿を描くもの。 と言っても彼女は何もしないが、小高について「彼の無実を信じています、彼は人を殺す人じゃありません」と断言されれば、誰も信じるだろう。 事実、長岡の辣腕の弁護士芦田伸介も、「あなたは渡辺(小高雄二)の無実を信じているようだ」と簡単に弁護を引き受けてしまうのだから。...
View Article当初は、古川ロッパだった黒澤映画は、
昨夜、上大岡異業種交流会に出ると、ミューズポートボーカル教室の宗澤さんに久しぶりにお会いした。 「黒澤明映画おたく」の彼といろいろな話をしたが、早稲田大学の演劇博物館で公開されている、古川ロッパの最晩年のテレビ映画の映像を見てきたとのこと。さすがである。...
View Article津島恵子の踊りは本当なのだろうか
一昨日の土曜日、12日は弘明寺の大岡地区センターで、横浜シネマフィールド・ワークをしたところ、多くの方に来ていただきました。 当日は、ビデオを使って横浜で撮影された映画の部分上映と講演をしました。...
View Article犬に襲われたことがある
千葉県で、暴れる犬を警官が射殺したという事件があった。 動物愛護家から見れば、悲憤もあるだろうが、一番の問題は飼主の犬への教育、躾である。 犬はきちんと教育すれば、人を襲ったりは絶対にしないものである。 日本は犬や動物に対して極めて甘いが、欧州は全く異なり、ドイツ等では、犬が人に吠えたりしたら、飼い主がすぐに犬を張り倒すそうだ。 そのように躾ければ、犬は吠えることもなくなるとのこと。...
View Article「火事場の馬鹿力」 関東・東北水害について考えること
先週起きた北関東と東北の水害は、まことに大変なもので、災害にあわれた方々には、謹んでお見舞いを申し上げる。 私が体験した最大の水害は、1958年、昭和33年9月の狩野川台風だった。 小学校4年生で、大田区池上だが、朝から豪雨が続き、学校はもちろん休校、池上の一部には呑川よりも低い地域があり、すぐに床上浸水になっていたのですぐに休校になっていた。その豪雨は、午後になっても降りやまなかった。...
View Article『学生野郎と娘たち』
1960年に公開された日活映画、原作は曽野綾子、週刊誌の連載ものらしいが、原作とはかなり違うものだと思える。 二流大学の創立者の子で理事長清水将雄の招請で、外国で学位を取ってきた秀才の中谷昇が帰国し、当初は嫌がっていたが、彼は学長に就任する。 だが、彼が実施したことは授業料の値上げで、男女の学生は、授業料の捻出に苦労する。...
View Articleピアノ演奏付きサイレント映画2本 『君と別れて』『非常線の女』
サイレント映画は大変に面白いのだが、弁士も演奏も付かないのは、眠くなってしまうので、なるべく行かないことにしている。 成瀬己喜男と小津安二郎作品がピアノ演奏付きで行わるというので、神保町シアターに行く。 『君と別れて』と『非常線の女』は、ともに1933年、昭和8年、満州事変が起きて、満州国ができた翌年で、サイレント末期になる。...
View Articleセ・リーグ優勝はヤクルトだろう
一昨日、昨日は、大してすることもなかったので、テレビのプロ野球中継を見ていたが、セ・リーグのレギュラー・シーズンの優勝はヤクルトだと思えた。 昨日の阪神戦は、先発が藤浪と杉山で、「杉山って一体だれ」と思い、見るとどうということのない投手だったが、阪神を5回2点で押さえる。...
View Article安保由夫、死去
安保、死去と言っても、別に安保法案がどうのというのではない。 作曲家の安保由夫(あぼ よしお)氏のことで、状況劇場の多くの曲を作曲していた方であり、『風の又三郎』の「どっとどどどうと」が有名だろう。 家で、これが収録されているLPを掛けると、必ず皆が「なにこれっ・・・気分が変になる」と言ったものだが、一度聴いたら忘れられない曲調である。 唐十郎が作る状況劇場の抒情的な世界にぴったりだった。...
View Article「ユーゴの崩壊」
古いビデオをDVDに変換する作業をやっていて、つい見てしまったのが、以前NHKBSで放送された、この「ユーゴの崩壊」である。 多分、3回目だと思うが、ともかく状況が複雑で非常にわかりにくい。 イギリスのプロダクションの製作なので、欧米寄りで、セルビア系のミロシェビッチ、カラジッチ、ムラジッッチなどが悪役にされているが、本当にそうだろうか。...
View Article『八百万石に挑む男』
ラピュタの中川信夫特集、彼は中学卒業後、マキノプロに入り、その後、市川歌右衛門プロ、東宝、そして戦時中は中国の中華電影にいた後帰国した。 戦後も、東宝、新東宝、東映等で多くの作品を作った娯楽作品の職人的監督だが、抒情的な描写も得意で、言ってみればもう一人の山中貞雄といった感じのある監督だったともいえるのではないかと私は思う。ある意味で、昔の映画青年という感じだった。...
View Article『昭和残侠伝・血染めの唐獅子』
1967年のシリーズ4作目で、初めて監督が佐伯清以外になり、マキノ雅弘が監督した記念すべき作品。 佐伯は、伊丹万作の唯一の弟子で、中川信夫と同様に京都の弱小プロダクションを渡り歩いた後、東宝で監督になった人。 この人も抒情的な表現がよく、『昭和残侠伝』シリーズも持つ、どこか物悲しい感じは、佐伯清の抒情性である。...
View Article『タンゴ・冬の終わりに』
芝居というものは、つくづく難しいものだと思う。 主演の三上博史は、1984年の平幹二郎の演技を見て、清水邦夫の劇に憧れ「いつか、できる年齢になったらやろう」と思っていたそうだ。 1984年と2006年の演出は、共に蜷川幸雄で、今回は、行定勲だったが、出来は大変に問題だった。...
View Article山内久、死去
脚本家の山内久氏が亡くなられた、90歳。 言うまでもなく、活弁の第一人者だった山野一郎の息子で次男、長男は俳優の山内明、三男は映画音楽の作曲家山内正と、全員が映画一家であった。 松竹大船で脚本家としてスタートしたが、日活の川島雄三の『幕末太陽伝』をはじめ、今村昌平の『果てしなき欲望』『盗まれた欲情』、そして『豚と軍艦』などの秀作があった。...
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