私は、高秀秀信元横浜市長とは、ほとんんど関係がなかった。
あったのは、二つだけで、
「横浜市で、サミットをやりたいと、渡辺美智雄外務大臣に言われたので、パシフィコ横浜で可能か、調べてくれ」と言われた時だった。これは、若竹馨さん、長田徹也さんの3人で、直前に行われたカナダのトロントサミットを調査に行くことになった。
もう一つも、国際室にいたときで、韓国総領事に招待されて、臨時領事館に、高秀市長夫妻に国際室長に隋行こうして行った時だった。
そこで、いただいた韓国料理は非常に美味しかったが、一番憶えているのは、
高秀市長が「家では、おしんこを作ってくれないので、食べらいんだよ」と言ったことだった。
奥さんは、かつて「頭が真っ白になった・・・」発言で有名になった大阪の某料亭の方の妹さんなのだ。
高秀さんが、大阪府の副知事をやっているときに、結婚されたようだ。
まるで人身御供みたいなことが、当時日本の地方では行われていたのだなあと思ったものだ。
そのように、高秀さんは、小津安二郎的に言えば、
「昼間しかって、夜拝み」の逆のごとき、奥さんに頭の上がらない小心な人だったと私は思う。
それが、バブル時代に過大な投資をしなかった彼の良さでもあったと思うのですが。