数少ない松竹の戦争映画だが、上原謙、笠智衆、近衛敏明、佐分利信、そして唯一の女優桑野通子のオールスターで、ヒットしたようだ。
監督は吉村公三郎、脚本は野田高悟で、撮影は生方敏夫で、現地の長期ロケーションもし、記録フィルムも挿入され、ナレーションは竹脇昌作である。
中国上海での戦いから、南京に向かう日中戦争だが、これは中国国民党軍には、なんとドイツが付いていて戦争指導をしたのだ。
トーチカや塹壕戦などの日本が経験しなかった第一次大戦の戦術を中国国民党に教えたので、日本は非常に苦戦した。その苦戦が、年末の南京事件をよんだとも言われている。
戦車隊の長が上原謙で、彼の父親は軍人だったので、軍人姿が様になっているが、やさしく部下思いの長を演じている。
だが、日中戦争とはいえ、一方的に日本軍が、中国で戦闘を進めているのは、今日見ると大変な違和感がある。
1937年の盧溝橋事件のとき、日本軍が北京にいたのが、まず不思議で、なんと1900年の義和団事件の時の、8か国の出兵の「北京の55日」の後、日本以外の7か国は1901年に撤兵したが、日本は30年以上も、居留民保護の名目で駐屯していたのだ。排日、反日運動が起きたのも当然だろう。
この中国侵略を描く作品は、1940年の「キネマ旬報ベストテン」では2位なのだから驚いてしまう。
現在のロシアのウクライナ侵略や、イスラエルのガザ地区侵略と同じだと言えるだろう。
国立映画アーカイブ