先日見た『ローズのジレンマ』では、主人公のローズ(樫山文枝)に5年間に亡くなった夫のウォルシュ(篠田三郎)が出てくる。
私のことで恐縮だが、母親は、ある日突然黄疸で目が黄色くなり、子供たちはびっくりして池上に行くと、本当にまっ黄色で、その原因は胆のうがんで、半年で亡くなってしまった。
85歳の高齢で、手術は不可能とのことで、胆のうを管で出すだけで、ベッドに寝ている状態になった。
その間、次第に衰えて、最後は痴呆的状態になった。
その頃、言動がひどくなったが、言うのは自分の実家の人間たちのことで、夫とのことは一度も言わなかったようだ。もっとも、夫、つまり私の父は、亡くなつてから30年以上もたっていたのだから仕方のないことかもしれないが。
母は、鶴見の矢向の農家の長女で、下に弟や妹が何人もいたので、彼女が言うのは、そうした弟、妹らのことの心配なのだ。
要は、長女として家を守る心配であり、配偶者のことはほとんど忘れているように見えた。
この辺は、家の制度が大きな意味を持っていた日本と、家制度がほとんどなかったアメリカとの違いなのだろうかと思ったのだ。
ニール・サイモンのようなユダヤ人は、比較的家族の結びつきが強いと言われているが、それでも家制度は大きな意義を現代ではもっていないということなのだろうか。