幻の蔵出し映画の『背くらべ』を見たら、中新井和夫さんが監督助手だった。
この人に会ったこともないが名前は知っていた。
横浜市港湾局に情報調査室というのがあり、そこの室長が中新井(なからい)さんという人だった。
この人は、もともと市の職員ではなく、山下新日本汽船から来た人だった。当時、山新は、人員整理をしていたらしく、東京にある海外の港湾局の日本代表というのには、ほとんどが元山新の幹部だった。
ちなみに、石原裕次郎・慎太郎兄弟の父親の石原潔氏も、山新の幹部だったが、50代で急死した方だった。
そして、この中新井さんの息子は、松竹の助監督だという噂だった。
「本当かな」と思っていたが、噂は本当だったわけで、彼は結局本編では監督になれず、「木下恵介アワー」のテレビ映画で監督になったようだ。
この映画の脚本も、山田太一で、彼も松竹大船の助監督だったが、監督にはなれずテレビのシナリオライターで成功する。監督の大槻義一も、この後テレビに移行する。
話は、山梨の富士吉田に住む一家のことで、母親は乙羽信子、長男は川津祐介で、精密機械工場で原いている。次男は石川竜二と言うらしいが、高校3年で「大学進学か、就職か」に迷っている。
この頃、長男は高校を出て就職するが、次男はなんとか大学まで行かせるというパターンは多かった。
横浜市でも、後に助役となる本多さんは次男で大卒だが、彼の長男の方は当時、共産党の事務局長で、横国の定時制卒らしかった。
川津の恋人は、島かおりで、彼女は絶対に富士吉田を出て、東京に行くことを願っている。
島かおりも可愛かったが、映画ではスターになれず、テレビで活躍することになる。
そこに、川津の東京にいる叔父から、「上京して家の工場ではたらけ」との手紙が乙羽に来る。
父親は,戦死かと思うと、地元の警官だったが、祭りの警備のとき、交通事故で死んだとのこと。
さて、松竹のホームグランドの千住の金属加工工場に来ると、労働争議の真最中で、職員は賃上げを要求し、叔父で社長の多々良純は、ウィスキーを飲んで交渉に応じるという有様。
事務職は、社長の他は、経理の中村是公のみの零細企業で、結局川津は、失意の内に故郷に戻り、賃仕事と言っているが、要はアルバイトで日々を過ごしている。
そこに、元工場にいた田中慎二君が訪ねてくる。この田中と川津は、大島渚の『青春残酷物語』の大学生同士だ。
彼は言う、「大田区は化学工場にいて、元の仲間と一緒に働いているので、ぜひ来ないか」と。
その夜、乙羽は二人の息子に宣う。
「川津は、田中のいる工場に行け、石川は勉強して大学を受けろ」と。
夫の死後、きれいだった私には、再婚話はいくらでも来た。でも、お前たちのために再婚しなかった、だからきちんと人生を歩め。
この自分で、きれいだったと言うのは、あんまりが、たしかにこうした脇役をきちんと果たすとき、乙羽信子さんは実にきれいに見える。
新藤兼人監督の映画で、むりやり主演を演じる時より、はるかに良い。
企画は、木下恵介なので、このキャスティングも彼だと思われ、さすがである。
ただ、映画『香華』で、岡田茉莉子と張り合う自分勝手な母性喪失の母親は、無理だったと思うのだ。
この失敗で、木下は松竹を去り、テレビに行くのである。
衛星劇場