宮沢りえの劇で、最初に驚いたのは、デビットルボー演出の『人形の家』だった。
私は、事前に情報を得ずに見る人間で、アンナは、大竹しのぶだと思っていて、声が少し違うなあと思って見ていた。二階席なので、顔と姿は不十分にしか見えなかったのだ。
しかし、宮沢りえの演技は、大竹しのぶに匹敵するほど素晴らしい。
トルストイは、大変な人気作家で、というよりも映画やレコードが発達して、人気スターが出る以前は、小説家がどこでも人気スターだったので。彼の非戦主義、アナーキズム的平等主義は、国民的人気があったのだ。
だから、この有名な小説も、実に上手い娯楽劇としてできている。
「幸福な家庭は、一様に幸福だが、不幸な家庭は、それぞれに不幸である」という有名な一節のように、アンナの家庭の不幸は、結構複雑だが、その不幸の根源は、彼女が美しいことにある。
アンナの美しさが、出会う男を狂わせて悲劇へと向かわせるのだ。
時あたかも、ロシアは、電気と鉄道が導入された時代で、まるでこの二つの近代文明の利器は、人間に不幸を招く存在のように表現されるのだ。
宮沢の他では、夫の小日向文生も非常に良かった。
美術も良かったが、なんと言っても、演出のイギリス人のフィリップ・ブーリンは、大変に良かったが、この人は歌舞伎をよく見ているように思えた。
芝居は良かったのだが、二階席の傾斜のひどさは本当に危険物建築の域ではないだろうか、私のような障害を持つ者には残酷である。
早く、デパート部分と一緒に建て替えて、バリアフリーにすべきだとあらためて思った。