前回に書いた下川とやったメークアップショーの企画は、マックスファクターから来たものだった。
マックスは、よく知られているようにハリウッドのカラー映画の女優のメイクで有名になった会社だった。
監督の大島渚も、1950年代の松竹大船撮影所でのカラー映画撮影には、必ずマックスのメイクアップ・アーチストなる女性がきて、撮影に立ち会っていたと書いている。
カメラ、照明等の準備がすべて整い、「いざ本番」となると、この姉ちゃんが出てきて、
「待った!」と言い、再度女優の顔塗りをやったのだそうで、
「メークをやり直さないとまずいのですか」とスタッフが聞くと、
「絶対に映りませんから・・・」と断言したとのこと。
撮影の邪魔ばかりしているので、「あの女のジュースに下剤を入れて、スタジオから追放しろ」と大島も思ったそうだ。
だが、このメークアップ姉ちゃんをこました奴がいたのには大島も驚いたとのこと。
だが、時代が続くと、別にマックスではなくてもカラー映画は映るようになり、国産のカラーフィルムも普及したので、「カラー映画イコールマックスファクター」という神話はなくなったようだ。
そして、一般の消費者向けの化粧品に来たわけだが、なかなか上手くいかなかったようだ。
日本の女性化粧品は、相変わらず資生堂、コーセー、カネボウが圧倒的であるようだ。
これも実に不思議なことだと思う。