1964年の日活映画、監督は中平康で、一部では評価の高い中平だが、私はそうは思わない。だが、これを見ると、この頃はまだ良かったなと思う。日活を辞めてからはひどくなり、最後のATGでの『変奏曲』など最低だった。
冒頭、保険会社の事務員山本陽子がビルから飛び降り自殺し、それを主人公の中谷昇が知る。
彼は、コンピューター会社の重役だが、パレスホテルに一人で住み、夜な夜な獲物を求めて町を彷徨し女性を漁っていて、その成果を『猟人日記』としてノートに書いていた。
その女たちが次々と殺される。稲野和子や高須賀不二子などで、山本陽子の姉として小園葉子も出てくるなど、日活の脇役俳優たち。
中谷昇は、その容姿から外人を装い、言葉巧みに女性を騙しているが、殺人はしていないので、大丈夫と思っているが逮捕されてしまう。
彼の血液型が、B型のRHマイナスという珍しいもので、それが殺人現場にも残されていたとのことで、裁判の一審では死刑になってしまう。
二審の弁護人となった北村和夫と事務の十朱幸代が、中谷の無罪を勝ち取るまでの話。
これを見ると、当時の社会が出てきて非常に面白い。
冒頭の会社のキーパンチャー室、稲野をものにするレコード店と映画館、そこは新宿日活で中平の『あいつと私』の看板、時代が少し違うがまあいいだろう。
そして階段を上がって見るのはフランス映画の『外人部隊』で、五階にあった国際名画座。ここは、高校時代によく行ったが、東京の痴漢の巣だったそうだ。
錦糸町の江東楽天地、阿佐ヶ谷の安アパートのセットも良くできている。そして、行方不明になった小園を探すために出す、新聞の尋ね人の広告など、今ではなくなったものが沢山出てくる。
最後、殺人犯は、関西に住む中谷の妻であり、戸川昌子自身が演じているが、結構様になっている。
これを見ると、中平は、松竹の伝統的な「風俗作家」であったことがよく分る。吉村公三郎によれば、「映画で重要なことは時代の風俗」なのだから。
この芸術エロ映画の外では、ピンク映画によってエロ映画が氾濫していて、邦画5社体制は揺らいでいた。
もちろん、中平もそれに影響されて、このような芸術エロ作品を作ったのだ。
そして、1971年に日活は、ロマンポルノに転向するが、それを作ったのは、この中平康や今村昌平だったと私は思うのだ。
そして、この二人は、共に松竹大船出の監督であり、ポルノは、実は女性映画だったのだ。
出演者に、田鶴浜弘の名があるが、どこに出ていたのだろうか。