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Channel: 指田文夫の「さすらい日乗」
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『日本ニュース177号』

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朝起きてテレビを見ても、コロナ禍のニュースばかりでつまらないので、ユーチューブで、昔の『日本ニュース』を見ている。この日本ニュースで一番有名で、テレビ等での使用回数が多いのは、1943年10月の177号である。
                          学徒出陣の雨の神宮外苑競技場である。だが、これの前半については、あまり知られていないと思うが、前年のミッドウエー海戦の映像なのだ。これは、米空母のホーネットから撮影されたものだが、カメラが海上に落ちて日本海軍に拾われ、それが日本映画社に保存されていたものなのだ。日映のスタッフは、これをどう有効に使うか考えた結果、この学徒出陣の映像に組み合わせればと思ったのだそうだ。つまり、戦場に行けばこうなるよ、と言う意味だった。実際に、このミッドウエー戦の映像はすごい。戦争の記録映像でも、本当に実戦は実は非常に少なく、演習などのものであることが多いのである。実戦は、やはり危険なので、戦闘の前の演習等を使うことが普通なのだ。だが、これは本当の実戦の映像ですごい。この頃、米軍は映画のスタッフを動員してフィルムを撮っている。この頃はまだ、モノクロでサイレントだが、すぐにカラー撮影になり、最後はシンクロ録音になる。
さて、この学徒動員だが、実に愚策であると思う。当時、大学生と言えば、今と違い大変に少数の知的エリートだったはずで、戦場に送るなどはせず、国内で知的な作業に従事させるべきだったと思う。この式で、答辞を読んだのは、帝大生の江橋慎四郎で、彼は国内で陸軍の作業に従事して無事生還し、戦後は文部省等に勤務した。

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