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Channel: 指田文夫の「さすらい日乗」
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「映画監督・小林正樹」 小笠原清・梶山弘子 岩波書店

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小林正樹は、新藤兼人と並んで、私は苦手な監督である。理由は簡単で、すごいとは思うが、まじめすぎて息をつくところがなく疲れてしまうからだ。

この大著は、小林自身の自作解説もあり、非常に面白い。『人間の条件』の主役は、にんじん側は、南原宏冶と有馬稲子だったが、小林監督の意思で、仲代達矢と新珠三千代になったという。原作の五味川純平も有馬稲子が理想だったようだが、それでは仲代の意味は半減したと思う。当時、仲代は新人の無名の俳優だったのだから。小林は、後の『日本の青春』でも新珠を起用しているので、新珠のような清潔な女優が好みだったのだろう。

中では、にんじんくらぶにいて、映画『怪談』の時に助監督を務めた小笠原氏の話が非常に興味深い。

なぜ、『怪談』が大赤字になり、ついにはくらぶの倒産にまで行ったのかと言えば、この時の製作の内山義重と高島道吉の非力さにあったとしている。彼らは、五所兵之助や新藤兼人の貧乏プロで製作してきた方で、大作の経験はなかったのだ。

製作条件で言えば、『人間の条件』の方が、ロケやエキストラの動員などは大変だったが、そこでは松竹の助監督たちが現場にいたので、小林正樹や撮影の宮島義勇らのわが儘に静止を掛けることができたのだ。

また、『怪談』は、当初東宝の藤本真澄からは、宝塚映画撮影所を提供するからという話が途中で消えたのは、藤本の若槻繁への嫉妬からだとしているのは頷ける見方である。一俳優プロダクションにすぎないにんじんくらぶが、大作の『怪談』を作るのは不遜だという見方があったのも、当時後退期にあった日本映画界から見れば、当然のことのように思える。

ただ、私は所詮は化物映画の『怪談』を宮島義勇のリアリズムで撮ろうとしたことが最大の間違いだったと思うのだ。世界怪奇映画史上でも不朽の名作である、中川信夫監督の『東海道四谷怪談』は、弱小スタジオの新東宝だったので、全篇が黒澤治安の美術、西本正の撮影で幻想的に作られていて、新東宝の予算不足を見せていないのであるのだから。

私は、遺作の『食卓のない家』以外、小林の映画を見ているが、中では『からみあい』と晩年の『化石』が好きである。

どちらもそうは力まずに軽く撮っているからである。

いつかは、私たちは『食卓のない家』を見ることができるのだろうか。

 


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