先週の土曜日は、京都大学で開催された日本映画学会11回大会、創立10周年大会に出た。
小津安二郎作品の1933年の『非常線の女』と、戦後の1957年の『東京暮色』を繋げた発表を行った。
もちろん、映像も上映したが、冒頭から丸の内ビル街の大俯瞰、オフィスのタイプライターの列の横移動、昼は真面目なタイピスト、夜は町のギャング岡譲二の情婦という、恐るべきモダニズム映画には、多くの人が改めて驚いたようだ。
そして、このモダニズム文化が、戦後の太陽族に象徴される道徳の乱れは、戦後のアメリカ文化の浸透によるものではなく、昭和初期のモダニズムにあり、それへの自己の責任を感じての「悔恨」が『東京暮色』に表現されていると話した。
特別講演の四方田犬彦さんと、京都在住の原将人さんからは、いくつものご質問をいただき、四方田さんが率先して本を買ってくれたので、持って行った本が全部売れた。
四方田さん、ありがとうございました。
また、最後の「特別講演」では、四方田さんが最初に好きになったのが日活アクション映画で、宍戸錠を尊敬する人と書いて小学校で問題になったと聞き、さすがと思った。
また、「映画は、一回性と思ってみてきた。この回を逃せば、二度と見ることができない」と思って見てきたと言っていたが、本来映画というものはそういうものだった。今のように、「ビデオ、DVD、ネットでいつでもどこでも見られるようなものではない」とのお話しにはその通りと思った。