2011年7月、『水戸黄門』の終了が発表され、テレビの時代劇番組がなくなった。
2003年に『時代劇は死なず』を出し、時代劇の面白さ、製作するスタッフの素晴らしさを書いた著者による、時代劇死滅への「介錯」本である。
常日頃、自分勝手な批評をしている私にとって、この程度の批評は特に驚くものではないが、実際の映画界と無縁な私と異なり、多くの知人、友人を持つ著者には大変なことだと思う。
もともと、時代劇というのは、古いものではない。
監督伊藤大輔が、1920年代に自作を、それまでのチャンバラ映画の「旧劇」と区別して「時代劇」と呼んだのが最初である。
彼の『忠治旅日記』に代表される昭和初期のサイレントの時代劇は、下層の侍が様々な不幸、不正に遭遇し、怒りの果てに武闘を展開し、悪の親玉を殺戮するが自らも滅ぶというものだった。
容易に想像できるようん、これは江戸時代のことではなく、当時の日本の社会の矛盾、状況等に対する左翼運動の代弁をしたものである。
つまり、天皇制国家の言論弾圧の下で、現代劇では表現できない事柄を、江戸時代のこととして描いていたものである。
第一に、テレビ時代劇によく出てくるように、江戸時代に役人と悪徳商人が結託し、抜荷ばかりをやっていたら、徳川幕府が300年以上も続いたはずがない。
徳川幕府は、非常に柔軟な政権であり、時代に合わせて施策を変化させている。また、地方のことは多くは各藩に任せていて、その自主性を尊重しており、その意味でも「地方自治」も成立していたのであった。
ともかく、戦後のGHQの時代劇禁止令をも乗り越えて、1950年代は映画界も時代劇は全盛で、その象徴は、大映京都だった。
全国の映画館ではお札が多すぎて、金庫に足で踏みつけて押し込んだとか、時代劇撮影所の大映京都には、東京本社から「もっと金を使ってくれ」との電報が来たとの話もある。
だが、1960年代に入り、テレビの普及と生活の近代化の進展の中で、映画界から時代劇は後退し時代劇撮影所の合理化が進んで、テレビ時代劇になっていく。
そして、1970年代はTBSの『水戸黄門』を象徴に、お茶の間で家族全員が見られる劇として時代劇は全盛を迎える。
だが、1996年に視聴率の調査法が、家族から個人になったことで、「時代劇は高齢者しか見ていない」ことが分かり、スポンサーが離れてゆく。
具体的には、スタッフやキャストの養成、ノウハウが継承されていかない問題点が詳細に記述される。
一番の問題点は、毎週の番組ではなく、特番に移行したことによる問題である。
さらに、最近の俳優の「自然体演技」の問題の指摘については、私も大賛成である。
自然な演技の代表は、映画で言えば小津安二郎や成瀬巳喜男だろうが、そこで「自然な」演技をしているのは、笠智衆をはじめ、杉村春子、田中絹代、高峰秀子、中村伸郎、佐野周二、小林桂樹などの大ベテラン役者である。
どの分野でもリアリズムは、最後の表現形式であることを想起すべきだろう。
NHKの日曜夜の大河ドラマについても、『利家とまつ』に始まり、『江』に代表される女性中心ドラマ、ホームドラマ化にも、大きな批判をしている。
私も大笑いして見ていたのが、上野樹里主演の『江』で、ただのおてんば娘で、どの軍議にも口を出すにには、「ええ!」と思ったものだ。
春日氏は、時代考証の行き過ぎには批判的だが、この『江』での上野の行動は、論外だった。
網野善彦氏らによって、必ずしも日本の女性は無力だったわけではないと明かされているが、概ね中世や江戸時代などの平時のことで、戦国時代の戦時では有り得ないことである。
きわめて公平で、的確な批評、指摘、詳細で分かりやすい記述なので、是非お読みいただきたいと思う。
2003年に『時代劇は死なず』を出し、時代劇の面白さ、製作するスタッフの素晴らしさを書いた著者による、時代劇死滅への「介錯」本である。
常日頃、自分勝手な批評をしている私にとって、この程度の批評は特に驚くものではないが、実際の映画界と無縁な私と異なり、多くの知人、友人を持つ著者には大変なことだと思う。
もともと、時代劇というのは、古いものではない。
監督伊藤大輔が、1920年代に自作を、それまでのチャンバラ映画の「旧劇」と区別して「時代劇」と呼んだのが最初である。
彼の『忠治旅日記』に代表される昭和初期のサイレントの時代劇は、下層の侍が様々な不幸、不正に遭遇し、怒りの果てに武闘を展開し、悪の親玉を殺戮するが自らも滅ぶというものだった。
容易に想像できるようん、これは江戸時代のことではなく、当時の日本の社会の矛盾、状況等に対する左翼運動の代弁をしたものである。
つまり、天皇制国家の言論弾圧の下で、現代劇では表現できない事柄を、江戸時代のこととして描いていたものである。
第一に、テレビ時代劇によく出てくるように、江戸時代に役人と悪徳商人が結託し、抜荷ばかりをやっていたら、徳川幕府が300年以上も続いたはずがない。
徳川幕府は、非常に柔軟な政権であり、時代に合わせて施策を変化させている。また、地方のことは多くは各藩に任せていて、その自主性を尊重しており、その意味でも「地方自治」も成立していたのであった。
ともかく、戦後のGHQの時代劇禁止令をも乗り越えて、1950年代は映画界も時代劇は全盛で、その象徴は、大映京都だった。
全国の映画館ではお札が多すぎて、金庫に足で踏みつけて押し込んだとか、時代劇撮影所の大映京都には、東京本社から「もっと金を使ってくれ」との電報が来たとの話もある。
だが、1960年代に入り、テレビの普及と生活の近代化の進展の中で、映画界から時代劇は後退し時代劇撮影所の合理化が進んで、テレビ時代劇になっていく。
そして、1970年代はTBSの『水戸黄門』を象徴に、お茶の間で家族全員が見られる劇として時代劇は全盛を迎える。
だが、1996年に視聴率の調査法が、家族から個人になったことで、「時代劇は高齢者しか見ていない」ことが分かり、スポンサーが離れてゆく。
具体的には、スタッフやキャストの養成、ノウハウが継承されていかない問題点が詳細に記述される。
一番の問題点は、毎週の番組ではなく、特番に移行したことによる問題である。
さらに、最近の俳優の「自然体演技」の問題の指摘については、私も大賛成である。
自然な演技の代表は、映画で言えば小津安二郎や成瀬巳喜男だろうが、そこで「自然な」演技をしているのは、笠智衆をはじめ、杉村春子、田中絹代、高峰秀子、中村伸郎、佐野周二、小林桂樹などの大ベテラン役者である。
どの分野でもリアリズムは、最後の表現形式であることを想起すべきだろう。
NHKの日曜夜の大河ドラマについても、『利家とまつ』に始まり、『江』に代表される女性中心ドラマ、ホームドラマ化にも、大きな批判をしている。
私も大笑いして見ていたのが、上野樹里主演の『江』で、ただのおてんば娘で、どの軍議にも口を出すにには、「ええ!」と思ったものだ。
春日氏は、時代考証の行き過ぎには批判的だが、この『江』での上野の行動は、論外だった。
網野善彦氏らによって、必ずしも日本の女性は無力だったわけではないと明かされているが、概ね中世や江戸時代などの平時のことで、戦国時代の戦時では有り得ないことである。
きわめて公平で、的確な批評、指摘、詳細で分かりやすい記述なので、是非お読みいただきたいと思う。