1958年の日活映画で、主演は葉山良二と筑波久子で、この頃の二大スターである。
脚本は松浦健郎で、監督は阿部豊と当時は売れっ子だった連中だが、娯楽映画としては普通の出来である。阿部豊は、戦前は大監督だったらしいが、なにも残っていないので不明。まあ普通の娯楽映画の監督だった割には、名声があったとでも言うべきだろうか。戦時期、戦後の新東宝の作品はろくなものがないが、これはましな方だと思う。
飯坂温泉に行く列車内で、葉山と筑波が知り合うが、互いに何者かは不明。
東京に筑波が戻って来て、働いているキャバレーのラジオで、葉山の放送を聴き、大学の東洋史の教授であることを知る。
二人は、互いに引き合い、会ったりするが、筑波の身元はなかなか知れないが、南田洋子らが、ある晩「新宿女子大同窓会」と言っているので、新宿の赤線にいた女であることがわかる。
例によって葉山には、病弱な妻がいて、女としての務めを果たしていないことになっていて、筑波との関係が肯定されているのは、都合が良いと思える。
ついに「赤線の女」であることが知れて、二人は別れるが、最後は身を引いて故郷に帰る筑波を、葉山が追いかけてくるところで終わり。
新宿女子大の女に、金を貯めるだけの女がいて、奈良岡朋子で、途中で殺されてしまうが、その犯人は、最初はジゴロの岡田真澄だと思うと、女たちに小物を売り歩いて生活している小心者の大坂志郎と言うのが意外で面白かった。
赤線平最後の様々な女の風俗映画としてみれば面白かったが、原作の芝木好子の性だろうか。
芝木は、名作『洲崎パラダイス・赤信号』の原作者でもあるのだ。