芥川龍之介原作の変な映画について採録する。
この三国のいかがわしさは最高で、場内爆笑。そして、関東大震災が起き、家は潰れ、両親も死んでしまう。京は、田舎に逃れる逃避行の中で、親切な男の児玉清と会い、田舎で一緒になるが、彼との生活も長くは続かず、浅草に戻り、針仕事で生計を立てることになる。
児玉清の本によれば、児玉に今井は「僕はもうこの映画は諦めているのです」と言い、ろくにラッシュも見に行かなかったそうだ。大映京都のスタッフの中で孤立していたらしい。
黒澤明の、映画『トラ・トラ・トラ!』での、東映京都とのトラブルと言い、旧東宝系の監督と京都の撮影所は相性が良くないらしい。そこに、荒砂ユキの髪結床の亭主・江原真二郎と未だに関係を続けている稲野和子がやって来る。稲野もいろいろ男で苦労したが、一人娘の神保美喜をやっと志垣太郎と添わせるようになったので、神保の婚礼衣装を仕立ててくれと言ってくる。ここからがいよいよオカルト合戦の始まり。
神保に霊が付き、それを除霊する初井言栄の神降ろし、京マチ子がいきなり老婆になって神保のところに現れる等になる。その関係はよく分からないが、稲野和子の台詞によれば、老婆の霊があり、いつまでも若い京マチ子に付いた悪霊が、さらに若い女を求めて神保に乗り移ったのだそうだ。
最後、京マチ子は年相応の老婆になって川で死んでいる。
なんでこんな愚かしいシナリオを名脚本家の水木洋子が書いたのか。
白坂依志夫によれば、水木洋子は、小林正樹監督の大作『怪談』を書く過程で、全国の祈祷師を取し次第にホラーに入ってしまい、自ら預言者のようになってしまったのだそうである。
白坂のところにも、
「今付き合っている女性には悪い霊が付いているからすぐにやめなさい」とのご宣託が電話で何度もあったとのこと。
この映画は、非常に愚かしいが、監督を今井正のような真面目で論理的な人ではなく、石井輝男や舛田利雄あたりが撮ったら、最後などは随分変わったのではないかと思うのだ。
ホラーなどは、所詮はコケ脅しなのだから、今井のようにまじめにリアリズムではなく、あの手、この手の脅しで作れば面白かったと思うのだが。
同様に小林正樹の大作『怪談』も、小林のようなリアリズム作家ではなく、中川信夫のような反リアリズムの娯楽映画監督が撮った方が良かったのではないかと私は思っている。
今井正曰く、「自分の作品の中で最悪の1本」だそうだ。
フィルム・センター 以上です。 これを見た時、「芥川って結構愚かしいところがあるんだなあ」と気がついたのは、収穫だったが。