早稲田大学の劇団演劇研究会も、『地獄のオルフェウス』をやったはずで、主人公のレディは、漆川由美(井上遙)で、年上の夫は藤岡さんだと知っていたが、彼らの店にやってくる流れ者のギター弾きがだれか分からなかったので、先輩のAさんに聞く。Aさんもインディアン役で出ているのだ。
「あれは、Tだよ」
「ああ、そう、一応二枚目だからね、でもミス・キャストだね。そもそも、あんな変な劇を学生劇団がやること自大が大間違いだね」
「まあ、演出の堀内君は、結構純情だったので、二人の関係を純愛としたんだろうね」
「昔、やった大竹しのぶのは、結構そういう感じだったから、そういう解釈もありうるね」
「いま、巨人戦を見ているから・・・」
そして、このTさんのことを思い出した。
私の1年上にいて、二枚目で、卒業後は、文学座の研究生になり、少しいたようだが正式な座員にはなれず、県の外郭団体の職員になっていた。
そして、20年前くらいだが、同期で私の1年上の山本亮さんから、
「Tがガンで死にそうなので、一度会おう」と連絡があり、横浜のどこかで5人くらいで飲んだ。
そのとき、いつもTと一緒にいた女のAも来た。卒業後は別れていたようだが。
Aは、私と同じ学年だったのだが。
そして、Aと話して驚いたのは、Tさん以外の男をまったく憶えていないことだった。
「あんた誰?」と私も山本さんも言われてしまった。
つまり、Tさん以外の男は、誰も記憶していないのだ。
まことに女性の鏡というべきだろうか。
だが、その後Tさんが、亡くなられたという話は聞いたことがない。
逆に、会を持ってくれた山本さんは、数年前に亡くなられてしまっている。
Tさんは、今はどうしているのだろうかと思った。