録画しておいた豊田四郎監督の『雁』を見る。たぶん、5,6回目だが、やはりすごいと思う。
髙峰秀子と東野英治郎の演技合戦がすごい。豊田四郎は、あまり評価されないが、私はすごいと思っている。
その視線の動かし方で、すべての感情を表現してしまうのは、成瀬巳喜男とも似ているが、共に松竹蒲田出である。
また、大映の当時のスタジオを三棟ぶち抜いて作った無縁坂のセット、木村威夫の美術もすごいと思う。
さて、この映画の筋は、森鴎外の原作にほぼ忠実だが、最後で髙峰のお玉が、芥川の岡田の洋書を古本屋から買い戻す件のサスペンスは、原作にはない脚本の成沢昌茂らの創作である。
もちろん、それはすぐに東野に見つかって駄目になる。
お玉の、自由への憧れは、一瞬にして消え、芥川は、ドイツに行ってしまうのである。
お玉は、雁のようには飛び立てないのである。
これは、私は、豊田四郎や成瀬巳喜男らも所属していた東宝の大ストライキとその敗北に関わっていると思うのだ。
というのも、この映画は、大映だが、製作はスタジオ・エイト・プロとなっている。
このスタジオ・エイト・プロと言うのは、東宝スト以後、会社と組合のどちらにも属しない組織として、いくつかの製作団体が作られた。
有名なのは、黒澤明らが属した映画芸術協会だが、このスタジオ・エイトも、同様な組織で、五所平之助、豊田四郎らの監督、三浦光雄らのカメラマン、そして平尾郁郎と井関種雄らのプロデューサーによって結成されたのだ。
この内の井関は、東宝系の興業会社、三和興業の社長で、後に日本ATGを作るのである。
この日本ATGは、言うまでもなく、五社の外で、より自由な映画を作ろうとする運動で、1960年代の日本の映画に大きな成果を残した。
その意味で、映画『雁』は、大変に意義のある作品だと思うのだ。