鴨下信一氏の名は、TBSのディレクターとして高校時代から知っていたが、TBSを出てテレビマン・ユニオンを作る今野勉、村木良彦らに比べ冒険性がなく、凡庸だという認識しかなかった。
だが、「あれっ」と思ったのは、大映に大娯楽監督森一生の本『森一生映画旅』を山田宏一と編纂し、森一生のファンだったと知ってからだった。
この人の本は、多く読んでいるが、大変な名文家で、その証拠にじつにスラスラと簡単に読める。
その分、重要なことが書かれているのに気づかないこともあり、必ず何度か読み返すようにしている。
それだけ味わいの深い本なのである。
この本は、芸能人の中で国民栄誉賞を受けた6人の芸能人について書いている。
美空ひばり、長谷川一夫、藤山一郎、渥美清、森繁久彌、森光子である。
中では、美空ひばりがなぜインテリからも、また庶民からも嫌われたのか、その理由を記述しているのが流石である。
また、戦後社会の象徴のような森繁久彌が、映画界からテレビへと移行して大成功を得た後、ミュージカルの『屋根の上のバイオリン弾き』と『佐渡島多吉の生涯』の初演では不成功だったというのは、実際にその場にいた者しか書けないことである。
さらに、戦後の社会の中で庶民の意識がそれぞれどのように変化し、それによって各スターたちが対応していったかの分析がユニークである。
森繁久彌の持ついかがわしさ、いやらしさは戦後の日本人そのものであり、森繁はそのことについて一切言い訳しなかったと書いている。
森繁はじつに大人だったわけである。
長谷川一夫について、チャンバラ・スターとしては、最後の世代で、阪妻、大河内伝次郎、片岡千恵蔵、アラカンらの後に出てきた役者で、遅れてきた2枚目という言い方が面白い。
さらに、戦前、昭和初期の時代劇は、傾向映画であり、反体制映画だったというのはそのとおりだが、案外見落とされている視点である。
それに対して、戦後の特にテレビの時代劇は、『水戸黄門』に代表されるように、体制的な勧善懲悪劇にすぎず、ついには飽きられてテレビから全滅したのは当然でもあるのだ。