新国立劇場のパンフレットには、日本での主な上映記録が掲載されていて、1967年に早稲田の劇研がこの劇を上演したことも載っていた。
確かにその通りで、1967年の7月、大隈講堂で上演したとき、私は置道具というセットの中の家具の担当で、この劇に参加した。
その前年の秋から参加し、そのときは役者(もちろんほとんどガヤの役の他)、大道具の一員だった。
翌年のサルトル作の劇の中心は、私たちより2年上の4年生で、パンフにも名が出ている田上嘉一さんが演出、主人公フランツは、やはり4年生の岡田さんだった。
田上さんは、早稲田学院に5年いたという人で、岡田さんも慶応高校を性行不良で退学してどこかの高校から大学に来たという、言ってみれば政治や思想にはまったく関心のない「遊び人」だった。その証拠に、田上さんは卒業後、小さいが広告代理店に入ると若くして役員になったくらいだった。
だが、そういう人たちが戯曲を取り上げたのだから、1960年代の二本におけるサルトル熱は大変なものだった。
恐らく、現在の村上春樹を上廻る読者と社会的影響力があったと思う。
その証拠に、唐十郎の劇団の状況劇場は、言うまでもなくサルトルの著作集のサブタイトルの「シュチュアシオン」から来ているのだから。
また、実際に上演した際は、多くの観客が来て驚いたそうである。
さて、今回観る側から見て、この芝居は非常によくできていて面白いことに驚いた。
3時間以上の劇で、役者たちは猛烈に喋る、ある意味でシェークスピアのような台詞劇なのである。
ドイツでも一二を争う大富豪の家では、癌におかされて余命いくばくもない父・辻萬長は、長男・横田栄司と妻・美波を呼びよせ、行く末のことを話す。
その中で、じつは岡本健一が演じる次男のフランツがいて、妹・吉本菜穂子の世話で二階の部屋に閉じこもっていることが明かされる。
幽閉者だが、これはむしろ現在の引きこもりの若者に近い。
そこでフランツは、戦後のドイツ社会のスタンダードに背を向けて、ドイツの正義を証明しようとテープレコーダーのマイクにに向かって演説している。
このドイツの正義を証明しようとし、戦時中に彼が起こした捕虜虐待の事件が明かされる。
この閉じこもりの若者が、アナクロニズムの愛国心に凝り固まっているというのは、現在の日本のネットウヨのようで面白い。
じつは、この捕虜虐殺のことは、フランスで当時大問題になっていた、アルジェリア独立戦争下でのフランス軍の残虐行為の問題であるとのことだ。
だが、我々は1967年の上演当時、うかつにもそのことをほんとんど知らず、第二次世界大戦下でのドイツの戦争責任の問題だと思っていた。
当時の『サルトル全集』にも、そのことは書かれていなかったように思う。
最後は、父と子は、戦争の責任を償うように一緒に死んでゆく。
膨大な台詞をこなした岡本健一はさすがで、まず普通の男優なら、この役は是非ともやりたいとい思うはずで、われわれの1967年の上演の時も、上演を熱望したのは演出の田上さんではなく、役者の岡田さんだったようだ。
また、父の辻萬長も良い。
だが、長男の嫁を演じた美波はともかく、妹を演じた吉本菜穂子のキンキン声はどうにも耳障りだった。
新国立劇場