Quantcast
Channel: 指田文夫の「さすらい日乗」
Viewing all articles
Browse latest Browse all 3529

『歳月』

$
0
0
文学座アトリエ公演、作は文学座の創設者の一人である岸田𡈁士で、演出は西本由香。
話は、1910年春、東京の浜野家で始まる。当主の浜野桂蔵氏は、県知事である。



県知事とは、戦後の地方自治制度の選挙によるものとは異なり、天皇による「勅任官」で、大変に偉い人で、ここではそれは少し不足していた。
長男・圭一と次男・伸二が議論しているが、妹八州子が海辺で自殺未遂をはかったという。
原因は、高校生と付き合って妊娠したためだという。
この構図は、新派の名作で、映画化も3回された、室生犀星原作の『兄いもうと』と同様で、これは日本の近代化の中で、男女の関係が自由になるが、その結果として女性の悲劇が起こるものである。世界的にみれば、ロシアのトルストイの『復活』のカチューシャとネフリュードフである。
ここでは、前世代の人間で、「修養、修養」を口癖としている父親の世代と、そんなことを馬鹿にしている子供たちの世代の差が見えている。

2幕は、7年後の昭和2年、3幕は、10年後の1936年と大正から昭和に至る家庭と時代が描かれていく。
岸田が発表したのは、1943年で、これは彼が日本文学報国会の役員になっていた時期なので、非常に興味深い。
この歳月の経過の中で、父親は死に、八州子が生んだ娘のみどりは、女学生になっている。
伸二は、八州子の友人だった礼子と結婚している。
この間に、八州子の相手だった斉木は、二度浜野家にて、八州子は斉木と結婚するが、破たんして最後は離婚に至る。
かなりバカバカしいメロドラマとも思えるが、ここで岸田は、斉木を許す八州子を肯定している。
これは、人間の愚かしさを肯定し、それを描くことが文学だと言っているように思える。
戦時中の岸田が、文学報国会事務局長になったのは、もともとはフランス文学派だった彼としては、周囲から意外に思われ、今も不思議である。
戦後は、それを戦争への加担として責任を追及されたが、彼は明確には説明しないうちに、死んでしまう。
私は、彼の娘岸田今日子のニヒリズムの演技は、こうした父親とそれへの批判等から来ていると思うが、どうだろうか。
時代を描くものの一つとして、同場面で、トイレ、ご不浄、お便所の台詞が出てくるのはさすがと思われた。

もう1本の日露戦争時の悲劇を描く『動員挿話』は、実は戦後の作品であり、これは考えれば岸田の戦争協力への言い訳のようにも思える。
今回の演出の所奏は、前衛ジャズを使っているが、あまり上手くいっていないように見えた。
文学座アトリエ


Viewing all articles
Browse latest Browse all 3529

Trending Articles