別役実、死去82歳

劇作家別役実が亡くなられた、82歳。
パーキンソン病とのことだが、パーキンソンはまじめな男性がなりやすいのだそうで、彼は本当にまじめだったことになる。
あの病気の有名人は昭和天皇で、彼も非常にまじめな人だったようだ。

実を言うと彼の劇に私はそれほど多く見ていない。あの粘着質の台詞が苦手だからだ。
私が1966年大学に入った時、彼と鈴木忠志ら元劇団自由舞台の連中は、喫茶店モンシェリーの２階で早稲田小劇場を始めた。
わずか客席５０人程度の劇場で、私が入った学生劇団の劇団演劇研究会は、出演者が５０人くらいの大規模な演劇をしていたので、その小ささをバカにしたものだ。
だが、鈴木は、「演劇とは役者を見せるものだ」との信念があり、別役も、我々や自由舞台もやっていたような「大衆路線」ではなく、個人の内部を覗き込み、微分するようなのが劇だという考えがあったのだと思う。
事実、それがその後の日本の新しい演劇の傾向となる。
別役についていえば、彼は学生時代に、新島ミサイル基地反対運動に参加していたと聞いたことがある。
彼の立場は、反体制ではないにしても、既成の権威、思考などを根本的に否定する「非体制的」なものが根底にあったと思う。
その上での、劇中の名もなき庶民像なのである。

また、あまり知られていないが、彼には映画のシナリオもある。
吉田喜重の『戒厳令』で、もちろん、２．２６事件のことで、吉田の中でも、２．２６ものでも最高の傑作だと思う。
これについて、以前書いたことがあるので、再録する。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

2013年08月08日

吉田喜重の傑作『戒厳令』の後タイトルには、製作として3人の名が載っている、岡田茉莉子、葛井欣四郎、そして上野昂志。岡田は、吉田喜重の会社・現代映画社を代表し、葛井は日本ATGであるが、上野昂志は言うまでもなく映画評論家の上野昂志である。彼が、製作を担当した内幕は、彼の本『映画・反英雄たちの夢』に書かれている。製作を担当した理由は、彼が、この映画の撮影を担当した長谷川元吉の高校時代からの親しい友人であったことで、彼を通じて吉田から依頼があったのだという。吉田喜重は、上野が映画界にまったくの素人であったことを十分承知で、それをむしろ上手く利用しながら製作を進めて行く。当初、北一輝役は、滝沢修だったそうだが、滝沢も民芸も、北一輝役というのは、左翼的立場から見て抵抗があったらしく駄目になる。次に上がった森雅之は適役だが、健康問題でこれもダメになり、最後に候補になったのが、三国連太郎だった。
だが、ギャラが大問題になる。吉田は、滝沢なら80万なので、三国は100万と踏んでいたが、上野がマネージャーに交渉すると、
「いくらATGでも100万では、150万は欲しい」といい長く交渉し三国側は「最低でも140万」というが、結局100万で決まる。
内藤武敏も法外な値段で押切り、さらに文学座、くるみ座の連中等は「まとめていくら」という、ほとんどアルバイト的な値段のギャラになる。
これを見ると、松竹における製作者と言うのは、ほとんど監督の言うなり、傀儡だったことがよくわかる。松竹、特に蒲田時代は、映画製作の金は直接監督に渡し、監督が総てを仕切るものだったそうだが、そうした精神は戦後の大船でも同じだったようだ。
さらに、旧大映の映像京都の連中とのやり取りが面白い。彼らは金の問題ではなく、作品の質を問題にしていて、「大島渚とは『儀式』でやって分かった。実相寺は、もう分かったし、あの程度だろう。だが、吉田喜重とはやったことがないので、やってみたい」　上野は、これは彼らのプロ意識だと言っているが、同時に京都の持つ、常に外来から新し権力者、文化人、人気物等が来て活動するのをじっと見てきた伝統ではないかと思う。政治権力から宗教家、さらに出雲阿国も、有名になったのは、京の四条河原での興行である。その意味では、京都の人間の性格もよくわかるインタビューであるが、インタビューアーは山田宏一。因みに、脚本書きから、準備、撮影、仕上げと試写会等のPRを含め、結局6ヶ月かかったそうだ。その間の上野昂志のギャラは、たった15万円だったそうだ。

別役については、個人的に付き合いはないが、よく見かけたことはある。
渋谷の２４６号線沿いにあったカヌーという喫茶店で、大学の帰り、ジャズ喫茶に厭きてきた大学５，６年生の頃、行くと彼は一人でいた。
そこは演劇人のたまり場だったのか、２０１６年に９１歳で亡くなられた守田比呂也さんもよく見かけた。
戦後の日本演劇に多大な貢献をされた別役実氏のご冥福をお祈りする。