今ではほとんど常識になっているが、日本映画はサイレント時代から実は、世界的なレベルにあったのだが、それはどうしてだろうか。
私は、先行芸術の語り物や俳句の存在が、映画的表現の大きく寄与したものと考えている。
伊藤大輔やマキノ雅弘らの娯楽的作品にあっては、落語、講談、浪花節などの語り物の伝統が寄与していて、江戸後期からの語り物の伝統が、作品の展開や主題に有効にはたらいたと思う。
また、小津安二郎、伊丹万作、そして山中貞雄らの知的で諧謔的な傾向の作品には、俳句からの影響が非常に大きかったと思う。
事実、小津組には、俳句の座があり、そこの助監督らは皆俳号を持っていたそうだ。
松山出身の伊丹は、中村草田男とは親友であり、山中貞雄のサイレント作品のタイトルは、明らかに俳句的記述である。
このことは、いずれきちんとした論証をしたいと思っている。
ご意見のある方は、コメントをいただければ幸いです。
私は、先行芸術の語り物や俳句の存在が、映画的表現の大きく寄与したものと考えている。
伊藤大輔やマキノ雅弘らの娯楽的作品にあっては、落語、講談、浪花節などの語り物の伝統が寄与していて、江戸後期からの語り物の伝統が、作品の展開や主題に有効にはたらいたと思う。
また、小津安二郎、伊丹万作、そして山中貞雄らの知的で諧謔的な傾向の作品には、俳句からの影響が非常に大きかったと思う。
事実、小津組には、俳句の座があり、そこの助監督らは皆俳号を持っていたそうだ。
松山出身の伊丹は、中村草田男とは親友であり、山中貞雄のサイレント作品のタイトルは、明らかに俳句的記述である。
このことは、いずれきちんとした論証をしたいと思っている。
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