先日、女優の朝丘雪路が亡くなったことが結構大きく報じられた。
数年間から認知症だったそうだが、その理由は彼女が生まれついてのお嬢様で、家事等を一切やらない女だったことがあるようだ。
自分で家事をしたのは、宝塚歌劇団にいた時のみだったというから凄いが、その代わり彼女は芸事に精出してきたわけだ。
その彼女が、70代後半以降の高齢から芸事にも出られなくなれば、することはなくなり、その結果が認知症だったわけだ。
また、私の知り合いの人でも、料理、家事等をある事情からしなくなり、次第に認知症になってしまった方がいる。
先日も、ある高名な演出家の新作を見たが、まことに唖然とする出来で、びっくりしてしまった。
それもどうやら、その方が集団の中で「独裁的」で、誰も文句は言えず、勝手に作・演出したことの結果のようだ。
また、元「ミュージック・マガジン」の編集者だった藤田正さんとお会いしたが、彼曰く
「晩年の中村とうようさんは、まわりの取り巻き連中だけに囲まれていて、新しいことへの興味も失い、周囲のことも見えなくなっていたことが間違いだったと思う」
私も、その通りだと思う。
人間、他人との係わりを失ったら、元々は群生の生物である猿としての人類は、劣化するしかないのだろうとあらためて思った。