先週の土曜日に行われた全国小津安二郎ネットワーク総会で、佐藤忠男先生の講演が行われた。
中で、佐藤先生のご記憶として、「芸術院会員になったパーティの時、小津さんの母親が出て来て、その前では、小津監督も小さくなっていた」
また、「言い方は悪いが、長男の方は、はっきり言って俗物的でした。小津の記念館を作る話が出ると、即座に小津家はいくら出さなければいけないんですか、と言うような人でしたね」
まあ、よくわかる話である。関東大震災と太平洋戦争によって減ったとはいえ、小津家は深川に財産を持つ相当な資産家だった。
一家の人間は、当然に裕福な階層同士で結婚していただろうと想像する。
対して、小津安二郎に交際していた女性は、戦前から晩年に至るまで、花柳界や映画界の女性だった。
言わば、水商売屋芸能界の女性を、小津家の一員にすることはできなかったのだろうと思う。
大監督の小津先生も、実生活では結構悩みがあったのだとあらためて思った。