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Channel: 指田文夫の「さすらい日乗」
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『続二等兵物語・南方孤島の巻』 シリア・ポールが出ていた

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伴淳とアチャコが主演の軍隊喜劇・二等兵シリーズの3作目。

昭和19年6月の南方の孤島にいる伴淳とアチャコ、例によって上等兵の山田周平や隊長の山路義人に理不尽にいじめられる。

1作目では、山路が頭が上がらない正妻の幾野道子は、これまた意地悪な看護婦長になっている。そこでは山路の愛人役だった関千恵子は、ここでは撃沈された輸送船から助けられてきた従軍慰安婦。彼女らの一人がマラリアに罹ったとき、幾野は言う「あんたたちのような人間は早く死んだ方がよい!」

孤島には、現地人(土人と言っているなど、現在から見ればひどい偏見だが、東宝の『モスラ』でも原住民の描き方は同様なものだった)には、伊吹友木子と少女のシリア・ポールがいる。

大滝詠一の『夢で逢えたら』のシリア・ポールで、彼女は関西では有名な子役、佐田啓二と岸恵子の『亡命記』では、二人の間の子だった。

          

昔、大滝のラジオ番組で子役時代のことに触れ、「高田浩吉さんの映画で・・・」と言っていたが、伴淳の映画とは言っていなかった。

伊吹とシリアの二人が日本語を話すのが不思議で、「沖縄に行っていたことがある・・・」とのことだが、事実は逆で沖縄等の人がサイパンなどの南島に多く行っていたのだ。

米軍の爆撃で食糧庫がなくなり、伴淳とアチャコが、革靴を煮て食べるという、チャップリンの映画『黄金狂時代』のギャグもあるが、法的に問題にならなかったのだろうか。

最後、食糧不足から、山路隊長は原住民を皆殺しにしようとする。伴淳とアチャコは、無線室から送信機を盗んで、大本営からのニセの撤退情報を打電して、皆殺し作戦を中止させる。伴淳は手品師という設定になっている。

だが、本当に米軍の攻撃情報が来て、全員島を撤退する。

監督の福田晴一は、本当にトラックなどの南方にいたそうで、ひそかに戦争への怒りが内包されている。

松竹京都の最大のヒット作が、この『二等兵物語』であったように、ひどい赤字スタジオで196年代中盤に閉鎖され、福田はピンク映画を作るようになる。この時、京都から大船に来たのが森崎東で、後に娯楽作品を多作する酒井欣也もそうである。

ただ、松竹京都は、『必殺シリーズ』のようなテレビ映画で生き延び、今や日本唯一の時代劇スタジオとなっているのは、まことに立派である。

渥美清の死後、急速にダメになり、影も形もなくなった大船撮影所とは逆である。


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