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Channel: 指田文夫の「さすらい日乗」
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轟夕起子

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轟夕起子と言っても、今や誰も知らないだろうが、宝塚歌劇団から映画界に入って最初に成功した女優であり、多分日本映画史で言えば、英米的な明朗さを最初に表現した女優とも言えるだろう。

きわめて自然な演技のできる女優で、日本女優史を飾る人であることは間違いない。

昔から、私は轟が好きだったのだが、昨日の東京新聞の朝刊に、大阪で轟を研究し、月刊誌まで出されている山口博哉さんのことが紹介されていた。

轟夕起子と言って知らない人でも、黒澤明の監督デビュー作1943年の『姿三四郎』の、藤田進の三四郎の相手役乙美であると言えば、わかるだろうか。

姿三四郎と恋仲になる轟の乙美役は、実は非常に不評で、某映画評論家によれば、轟の乙美は、「米英的で良くない」と評された。

この評論家とは、津村秀夫で、戦時中には多くの映画にやたらに「表現が英米的」との難癖を付け、時局意識高揚と愛国心を煽った。

だが、彼は戦後は、戦時中の言動などなかったようにして、芸術至上主義をとった人間である。

日本の映画評論家は、大体そうしたものだが。

彼女は、歌も踊りも非常にうまくて、戦時中の『ハナ子さん』では主題歌「お使いは自転車に乗って」を歌い大ヒットさせているが、ここでも非常に明朗で軽い演技を示している。

ただ、彼女は個人的にはあまり幸福ではなく、実父がステージパパで、マキノ雅弘との結婚も上手くいかず、子供もできたが、戦後のマキノのヒロポン中毒も重なり、離婚して監督の島耕二と結婚する。

だが、これも結局は上手くいかず最後は離婚する。

 

戦後は、大映、新東宝、さらに製作再開後の日活で多くの作品に主演したが、戦中のような大活躍は見られなかったようだ。

中では、久松静児監督の『雑居家族』、中平康監督、石原裕次郎と芦川いずみ主演の『若い人』が印象に残る。

後者では、裕次郎の母親で、美容家のメイ・牛山を思わせる実業家で、気弱な夫宮口精二をそっちのけで、いつも若い男と恋愛している。

それに嫉妬し、宮口は、「今度だけは到底我慢できません!」とカバンを下げて家出しようとする。

すると轟が、「パパ、なにしてるの、私が愛しているのはパパだけよ!」と言ってすぐに二人は仲直りする。

非常に喜劇的なのだが、二人が上手いので、何度見ても面白い芝居になっている。

彼女の作品で今では容易く見られるのは、日活のヤクザ映画、高橋秀樹主演の『男の紋章』シリーズでの大島竜次の母親役だが、本来の持ち味とは違うものだろう。

今日、彼女が忘れられた女優になっているのは、1967年に49歳と非常に若くして亡くなっているためで、彼女が大した女優ではなかったためではないことは明らかである。

 


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