『夢は夜ひらく』は、昨年亡くなった藤圭子のでも有名だが、この園まりの曲もかなりヒットした。
1967年1月の日活映画である。
昼は神奈川県立図書館で働き、夜はクラブで歌う歌手の園まりの話。
冒頭に今問題になっている神奈川県立図書館にスポーツカーで山本陽子が乗りつけてくる。
園まりの兄の渡哲也を捜してで、彼は新山下のヨットの造船所、岡本造船でヨットの設計のアルバイトをしているらしい学生。
その他、ホテルニューグランドなど、横浜がふんだんに出てきて、今はないシーサイドボウルも(今は郵貯会館になっている)。
園のところに神戸から高橋英樹が来て、死んだ園まりの兄から金を預かっていて、高橋は、数日後にブラジルに行くという。
日活というか、1960年代の日本映画には、ブラジルなど海外移住ものがあり、それは石原裕次郎の『俺は待ってるぜ』からあり、舞台は必ず横浜で、小林旭に至っては、実際にブラジルに行き『赤道を駆ける男』を撮ったくらいだ。
その英樹を神戸のギャングの名古屋晃と平田大三郎が追ってくる。
さらに神戸から刑事も来るが、これが大映の見明凡太郎というのが珍しいが、この辺からダイニチの交流は進んでいたのだろう。
最後は、これも全く消滅してしまった横浜ドリームランドまで出てくる。
松竹は、大船から近いのでよく出てくるが、日活で出てくるのは稀である。
通う映画でもあり、園まりの他、布施明、奥村チヨも出てきて歌う。
園まりは、ルックスもまあまあだったので、結構映画に出ていて、中には松本清張原作でサスペンスものの悪女役の『愛のきずな』というのもある。
最後は、高橋英樹はブラジルに行き、悪人は逮捕されて終わり。
監督は野口晴康で、元の名は野口博志で、多数の娯楽映画を撮った人で、撮影中に次の仕事が張っていないと不機嫌だったそうだ。
なかなかきびきびしていて、テンポがあって面白く、結構好きな監督だったが、多作がたたったのか、『関東も広うござんす』の撮影中に亡くなられた。
チャンネルネコ
1967年1月の日活映画である。
昼は神奈川県立図書館で働き、夜はクラブで歌う歌手の園まりの話。
冒頭に今問題になっている神奈川県立図書館にスポーツカーで山本陽子が乗りつけてくる。
園まりの兄の渡哲也を捜してで、彼は新山下のヨットの造船所、岡本造船でヨットの設計のアルバイトをしているらしい学生。
その他、ホテルニューグランドなど、横浜がふんだんに出てきて、今はないシーサイドボウルも(今は郵貯会館になっている)。
園のところに神戸から高橋英樹が来て、死んだ園まりの兄から金を預かっていて、高橋は、数日後にブラジルに行くという。
日活というか、1960年代の日本映画には、ブラジルなど海外移住ものがあり、それは石原裕次郎の『俺は待ってるぜ』からあり、舞台は必ず横浜で、小林旭に至っては、実際にブラジルに行き『赤道を駆ける男』を撮ったくらいだ。
その英樹を神戸のギャングの名古屋晃と平田大三郎が追ってくる。
さらに神戸から刑事も来るが、これが大映の見明凡太郎というのが珍しいが、この辺からダイニチの交流は進んでいたのだろう。
最後は、これも全く消滅してしまった横浜ドリームランドまで出てくる。
松竹は、大船から近いのでよく出てくるが、日活で出てくるのは稀である。
通う映画でもあり、園まりの他、布施明、奥村チヨも出てきて歌う。
園まりは、ルックスもまあまあだったので、結構映画に出ていて、中には松本清張原作でサスペンスものの悪女役の『愛のきずな』というのもある。
最後は、高橋英樹はブラジルに行き、悪人は逮捕されて終わり。
監督は野口晴康で、元の名は野口博志で、多数の娯楽映画を撮った人で、撮影中に次の仕事が張っていないと不機嫌だったそうだ。
なかなかきびきびしていて、テンポがあって面白く、結構好きな監督だったが、多作がたたったのか、『関東も広うござんす』の撮影中に亡くなられた。
チャンネルネコ