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Channel: 指田文夫の「さすらい日乗」
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ジョン・レノンから若松孝二に

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正月は、横浜のジャック&ベティで、3日に『ジョン・レノン』を見た。ジョンが、やはりアイルランド系であることが分かり、さらにポール・マッカートニーとの出会いは、感動した。だが、西ドイツのハンブルグに行っての、トニー・ジェルダンとのことがほとんど描かれていなかったことが不満。

ビートルズは、最初はトニー・シェリダンとビートルズだったのだから。

 

              

6日までとのことで、ベティで若松孝二と若松プロを描いた『止められるか、俺たちを』を見る。

これは、女性で助監督を目指した吉積めぐみを主人公とした作品で、当時の連中が出てくる。

見ていて、60年代後半の若松プロの作品は、ほとんど見ていることに気づく。

別に、特に好きだったわけではなく、蓮沼のヒカリ座がよく上映していたからである。

ここは、1960年代末期は、大映と松竹がメインで、3本目として、ATGやピンク映画をやっていたからだ。

当時、こうした上映の方法は、独立系の映画館では多かったと思う。

吉積は、北海道生まれだが、横浜で育ち、アマチュア劇団の蟹座にいたこともあるようだが、新宿でおばけこと秋山道夫と知り合い、若松プロに入る。

そこには、足立正生の他、ガイラこと小水一男らがいて、荒井晴彦や葛井欣士郎、大島渚との交流もある。

このソックリショーでは、奥田英二が演じる葛井が最高におかしかった。

私の知り合いでは、ゴールデン街の主の外場山文明さんの姿が見えたのがうれしかった。

カンヌからレバノンに行った若松と足立は、アラブ赤軍に連帯した上映バスの「赤バス」で、PFLPの宣伝に行く。

その中で、吉積めぐみは、睡眠薬とウィスキーの飲みすぎで、自殺とも事故ともわからない中で死ぬ。

赤バスは、結局失敗で、最後は埼玉のある方の空き地に放置されることになったとのことだ。

そこは、描かれないが。

 


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