1964年の松竹映画、「拝啓」シリーズの3作目。冒頭、長門裕之と横山道代がテレビ局で、漫才をやっている。東京ムーラン・ルージュというコンビ。二人は、夫婦だが、マネージャーは別で、コンビの時以外は、別の仕事をしている。漫才のコンビが、別々の仕事をしているというのは珍しいことではなく、昔の横山エンタツ・花菱アチャコも、そうだった。ラジオや映画では、コンビだったが、寄席では別々に出ていた。
そこに大阪から、長門の元師匠が死んだ電報が来る。彼は、元は大阪の漫才だったので、その相方は、渥美清。大阪天王寺の芸人村では、関西の芸人達総出で、葬式が行われている。そこに渥美が現れるが、漫才では食えないので、「犬殺し、野犬捕獲員」の仕事をしている。渥美は、大阪ではもう駄目だとして上京するが、その途中、京都で混血の黒人少女(壺井文子)と汽車の席が同じになる。長門のところに、渥美は行き、仕事を世話してもらうが、全部駄目で、最後はヘルスセンターの釜炊きの仕事だった。壺井は、育ててくれていた祖母が死んだので、叔母の宮城まり子のところに来る。そこは羽田の貧民長屋で、この時代にまだあったのかと驚く。宮城は、羽田空港で働いているようだが、父親の加藤嘉は、仕事もせずに酒ばかり飲んでいる男。
渥美と壺井は、旅廻りの一座に入り、漫才をするが、なかなか上手くいかず、一時は東京に戻って、自分の浮気から別居に至った長門と君でテレビに出ようとするが、これはテレビのやり方に渥美は合わずにダメになる。長門の浮気相手は、原知佐子で、その弟は脊髄カリエスで闘病中の山本圭である。この辺の病院や療養の描き方の問題はあると思える。最後、長門と横山は、元に戻り、渥美は、壺井とヘルスセンターで漫才をしていて大いに受けている。だが、ここも渥美は、顔を黒塗り、壺井は白塗りとこれも、今見ると問題のある表現だろう。その意味では、大坂なおみ選手画、日本中に受け入れられているのは、やはり時代の進歩と言っていると思う。
いずれにしても、「拝啓」シリーズとしては、「天皇陛下様」に比べ、やはり総理大臣ではインパクトがない。
そこに大阪から、長門の元師匠が死んだ電報が来る。彼は、元は大阪の漫才だったので、その相方は、渥美清。大阪天王寺の芸人村では、関西の芸人達総出で、葬式が行われている。そこに渥美が現れるが、漫才では食えないので、「犬殺し、野犬捕獲員」の仕事をしている。渥美は、大阪ではもう駄目だとして上京するが、その途中、京都で混血の黒人少女(壺井文子)と汽車の席が同じになる。長門のところに、渥美は行き、仕事を世話してもらうが、全部駄目で、最後はヘルスセンターの釜炊きの仕事だった。壺井は、育ててくれていた祖母が死んだので、叔母の宮城まり子のところに来る。そこは羽田の貧民長屋で、この時代にまだあったのかと驚く。宮城は、羽田空港で働いているようだが、父親の加藤嘉は、仕事もせずに酒ばかり飲んでいる男。
渥美と壺井は、旅廻りの一座に入り、漫才をするが、なかなか上手くいかず、一時は東京に戻って、自分の浮気から別居に至った長門と君でテレビに出ようとするが、これはテレビのやり方に渥美は合わずにダメになる。長門の浮気相手は、原知佐子で、その弟は脊髄カリエスで闘病中の山本圭である。この辺の病院や療養の描き方の問題はあると思える。最後、長門と横山は、元に戻り、渥美は、壺井とヘルスセンターで漫才をしていて大いに受けている。だが、ここも渥美は、顔を黒塗り、壺井は白塗りとこれも、今見ると問題のある表現だろう。その意味では、大坂なおみ選手画、日本中に受け入れられているのは、やはり時代の進歩と言っていると思う。
いずれにしても、「拝啓」シリーズとしては、「天皇陛下様」に比べ、やはり総理大臣ではインパクトがない。