『ゴジラ』の最新作を見に行ったのは、今年中に「ゴジラ」の元となった東宝の秘密スタジオ・航空教育資料製作所について本を出すつもりで、少しづつ書いているからである。
『シン・ゴジラ』は、東京湾に無人のクルーザーが浮いているのが発見されるところから始まる。
そして、まず小形、幼児形のゴジラが羽田の呑川から上陸し、蒲田を破壊し、北品川、八山橋を越える。
呑川の上流には私の実家の池上があり、蒲田もすぐ近くで、北品川も、私が20代後半から10年間住んだところなので、この破壊は他人ごとではなかった。
そして、政府の調査チームによって、この生物が廃棄された核兵器を食べたもので、核によってエネルギーを得ていて、急速に大人になることが分かる。
ゴジラがいたとされているジュラ紀は、地球の自転は5倍くらい速かったとのことで、ゴジラの幼児が急速に大きくなるのも一応理屈にはあってる。
そこからなぜか再度海上に戻ってしまい、本当のゴジラとして鎌倉から再上陸し、核攻撃光線で東京の中心部を破壊し、大杉総理大臣を始め政府首脳も死んでしまう。
この映画はゴジラ対政府官僚で、官僚、さらに政治家の世界のめんどくささはよく描かれている。
後継首相の平泉征がまったくやる気がないのが最高で、大いに笑えた。
ゴジラを攻撃するため、アメリカを中心とする多国籍軍が核攻撃を提案する。
だが、日本は核爆弾は使えないとして、血液を冷凍させる新技術を開発して、これをコンクリートのように口から注入してゴジラは固まってしまう。
出来は悪くないと思うが、破壊の特撮シーンはすべてCGだと思うと、有難味がない。昔の日本の特撮映画は、手作りの模型で、それを着ぐるみの怪獣が壊すところに爽快さと有難味があったのである。
米国の調査員として石原さとみが出てくるのが、まるで「ECC」の英語の宣伝のようで笑える。
それに天皇が出て来ないのは残念だった。
核攻撃がアメリカから提案されたとき、天皇の反対で冷凍攻撃になるとすれば、「護憲勢力」の天皇の意義が出たと思うのだが。
やはり、最後の鷺巣がアレンジした伊福部昭の音楽は素晴らしい。
川崎東宝シネマ